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東京地方裁判所 昭和34年(ヨ)2157号 判決

申請人 沢田昭夫

被申請人 日本機械計装株式会社

主文

被申請人は申請人に対し金二五〇、五七二円および昭和三六年四月から本案判決確定の日に至るまで毎月二五日限り金一一、九三二円ずつを支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一当事者双方の求める裁判

申請人訴訟代理人は、「申請人が被申請人の従業員であることを仮りに定める。被申請人は申請人に対し金二五〇、五七二円および昭和三六年四月から本案判決確定の日に至るまで毎月二五日限り金一一、九三二円ずつを仮りに支払え」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は申請却下の裁判を求めた。

第二申請の理由

一  申請人は、昭和三三年三月一〇日以降被申請人(旧商号を特殊ポンプ工業株式会社といい、工業精密機械用ポンプの製造販売を目的とする株式会社)に雇用され、旋盤工として勤務していたところ、昭和三四年五月二三日業務命令違反を理由に懲戒解雇の意思表示を受けた。

二  しかしながら、本件解雇の意思表示は、次の理由により無効である。

1  不当労働行為

被申請人の本件解雇の意思表示は労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為である。その詳細は次のとおりである。

昭和三四年三月二一日被申請人の従業員により特殊ポンプ工業労働組合(以下「組合」という)が結成されると同時に、申請人はこれに加入し、機械職場出の執行委員に選任され、解雇の日までその職にあつた。組合はその結成後直ちに賃金問題につき被申請人に対し団体交渉を申し入れたところ、当時社長がたまたま渡米中であつたため、会社側と交渉を持つに至らなかつたが、昭和三四年五月中旬頃社長が帰国したので、組合はあらためて賃金問題を含む要求項目を提示して団体交渉を求めたけれども、交渉の機会は与えられなかつた。同年五月二二日午後三時頃に至り、社内掲示板に、本日午後五時から賃金問題について社長の説明があるから都合のよい者は聞きに来るようにという総務部通達が掲示された。右掲示を見た機械職場の組合員中には、賃金問題については目下組合から団体交渉を申し入れてあるのであるから、団体交渉が行われないうちに組合員が社長の話を聞きに行くのはどうかと思う、と言う者もいたので、申請人は執行委員長および書記長に対し、賃金問題はまず組合役員が組合を代表して会社と話し合うようにと提案した。これに対し書記長から、交渉は右のような方法で行うが、組合員のうちに是非とも社長の話を聞きたい者がいるならその自由意思に任かすという決定が伝達された。そこで申請人その他の機械職場の組合員は、右決定による組合の方針に従い、平常どおり午後五時まで作業に従事した。ところが、他の職場の組合員は、組合の役員がいない間に、製造部長から、作業は午後四時四五分に終るから社長の話を聞きに集るようにとの伝達があつたらしく、総務部室に集合していた。そこで機械職場の組合員中にも機械職場の者だけ参加しないのも意味がないと言う者が出たし、もともと組合の方針は、賃金問題については、組合役員によつて交渉するが、今回の社長の説明を聞くかどうかは各人の自由に任すことになつていたので、申請人も総務部室に入つていたところ、製造課長から機械職場の全員を集合させるようにと命ぜられたが、申請人は、集合するしないは各人の自由に任されていると答えた。ところが、翌五月二三日申請人は企画、営業および製造の三部長から呼ばれ、前日の製造課長に対する返答を叱責されたので、組合の方針に従つたにすぎないと答えたところ、社長命令を忠実に伝えなかつたという業務命令違反を理由に解雇を言い渡された。

以上の申請人の言動は、申請人が組合員殊に執行委員として組合の方針に忠実に従つた結果に外ならない。被申請人がこれをとらえて業務命令違反というのは、一片の口実に過ぎないのであつて、本件解雇は、被申請人が執行委員である申請人の組合活動の故に、これを企業から排除することを直接の目的とし、合せて組合を解体させる意図の下に、他の組合員に対する威赫的効果をねらつたものといわなければならない。したがつて本件解雇は不当労働行為である。

2  権利濫用

仮りに本件解雇が不当労働行為でないとしても、申請人の前記言動は就業規則第一一章第八条第七号にいわゆる業務命令違反に該当するものでなく、仮りにこれに該当するとしても、申請人の言動は組合の方針に従つた結果に外ならないから、これを理由に、右規定によつて申請人を解雇することは、権利の濫用である。

三  したがつて、申請人被申請人間の雇用関係は依然として存在しているのに、被申請人はこれを否定し、申請人を従業員として取り扱わないので、申請人は現在雇用関係存在確認の本訴を提起すべく準備中である。しかしながら、申請人は被申請人から支給される賃金のみを生活の資としている労働者であつて、しかも現在独身ではあるが、父(失業状態にある)、母および弟と同居して、同人らの生計をも援助しているのであるから、被申請人から賃金の支払を絶たれた今日生活に困窮しているばかりでなく、従業員として取り扱われないことによつて、計り知れない精神的な苦痛を受けているのであつて、本案判決の確定をまつていては回復し難い損害を被るおそれがある。

よつて、被申請人の従業員たる地位を仮りに定め、かつ解雇当時の賃金は金一一、九三二円で毎月二五日支払いであつたから、解雇後である昭和三四年七月分以降同三六年三月分までの賃金合計金二五〇、五七二円(昭和三四年六月分については予告手当一ケ月分を充当した)および昭和三六年四月から本案判決確定の日に至るまで毎月二五日限り金一一、九三二円ずつを支払うべき旨の仮処分を求めるため、本申請に及ぶ。

第三申請の理由に対する答弁および被申請人の主張

一  答弁

申請の理由記載の事実中、申請人が昭和三三年三月一〇日被申請人(その旧商号および目的は申請人主張のとおり)に雇用されて、旋盤工として勤務していたところ、被申請人が昭和三四年五月二三日業務命令違反を直接の理由として申請人を解雇し、以後同人を従業員として取り扱わないこと、申請人が組合結成と同時にこれに加入し、機械職場出の執行委員に選任されて解雇の日までその職にあつたこと、組合が結成後直ちに賃金問題につき団体交渉を求めたこと、昭和三四年五月二二日申請人主張のような掲示がなされ、申請人が製造課長から他の従業員を集合させるように命ぜられたこと、翌二三日申請人が製造部長ほか二名の部長から呼ばれたこと、および解雇当時の申請人の賃金が金一一、九三二円であり、その支払日が毎月二五日であつたことはいずれも認めるが、その余の事実は争う。

二  主張

1  被申請人は、申請人が業務命令に違反したことを直接の理由とし、なお同人が作業能率が悪く、勤務成績が不良であつたことも理由として、申請人を懲戒解雇したのである。すなわち、

(一) 申請人は入社間もなく最新式旋盤である三菱六呎エリコンを使用して鋼材の旋削に従事したが、右旋盤の正規な切削速度で作業をしなかつたので、その能率が悪かつた。伊藤製造課長が切削速度を上げ正規の速度で作業するよう指示したところ、申請人は、「速度を上げると危険である。怪我をした時は誰が責任をとるのだ。」と、その指示に従わなかつた。そこで被申請人は申請人を配置転換するほかなく、旧式の旋盤につけたが、申請人は、依然その製品が粗悪で、不合格品を出すことは職場内最高であつたほど、作業能率はきわめて悪かつた。

(二) 申請人の欠勤日数は、病気欠勤者を除くと職場内最高であり、また欠勤理由が明らかでないばかりでなく、欠勤届も事前に出したことはなかつた。このように申請人の勤務成績は不良であつた。

(三) 被申請人の社長は、渡米前から給料改善方につき考慮し、帰国後実行に移す計画でいたので、帰国後の昭和三四年五月二二日米国の制度等を参考にした給与改善について全従業員に話すために、同日午後五時全員総務部室に集合するよう、指示し、その旨の総務部通達が掲示された。ところが右時刻になつても工場関係の従業員のみは、申請人と中村工員の外は、集合していなかつたので、伊藤製造課長が総務部長室に来ていた申請人に対し、工場の従業員全部が集合するよう連絡してくれと指示したところ、申請人は集る集らない、聞く聞かないは個人の自由であると返答し、右業務命令に従わなかつた。そこで翌二三日製造部長、企画部長および営業部長が申請人を呼んで前日の業務命令違反についての弁明を求めたところ、申請人は、社長の話を聞きに集合するかどうかはあくまで組合対会社の問題であると反抗し、何ら反省の色がなかつた。

(四) 以上のとおりであつたから、被申請人は就業規則第一一章第八条第七号により昭和三四年五月二三日申請人を懲戒解雇に処したものである。

2 仮に右解雇が理由がないとしても、申請人は、昭和三四年七月一三日身分証明書を任意に被申請人に返還し、被申請人から同年五月分の時間外手当および解雇予告手当として金一一、七〇三円を異議なく受領し、かつ離職証明書の交付を受けている。したがつて申請人は、同日前記解雇を承認したものである。

第四被申請人の主張に対する申請人の認否

申請人が昭和三四年七月一三日被申請人から解雇予告手当名義の金員及び同年五月分の時間外手当として金一一、七〇三円を受領したこと、離職証明書の交付を受けたことは認めるが、右金員は六月分の給料として受領したものであつて、同日その旨を被申請人に通告済みである。申請人が解雇を認めた事実はない。

第五疎明〈省略〉

理由

申請人が昭和三三年三月一〇日以降被申請人(旧商号を特殊ポンプ工業株式会社といい、工業精密機械用ポンプの製造販売を目的とする株式会社)に雇用され、旋盤工として勤務していたところ、昭和三四年五月二三日本件懲戒解雇の意思表示を受けたことは、当事者間に争いがない。

二 申請人は本件解雇の意思表示は無効であると主張するので、検討することにする。

申請人が昭和三四年三月二一日組合が結成されると同時にこれに加入し、機械職場出の執行委員に選任され、解雇の日までその職にあつたことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証の一、二、甲第二号証、乙第二号証、乙第三号証および乙第四号証の一ないし三、証人佐藤隆一、同中村松雄、同池部健一および同伊藤正大の各証言ならびに申請人本人尋問の結果を総合すると、一応次のような事実が認められる。

申請人は、被申請人の賃金ベースが低く、また従業員間の賃金格差が大きかつたところから、これらを改善するため、他の従業員とともに、まず労働組合結成準備委員会を結成してその準備委員となり、設計課の佐藤隆一、工場組立職場の中村松雄らとともに、労働組合結成の中心人物として活躍したが、組合(特殊ポンプ工業労働組合)が結成されるとこれに加入し、機械職場出の執行委員に選任され、教宣部長の職に就き、職場においては週に二、三回の集会を開いて活発に組合活動を行つた。

一方組合は、結成後直ちに執行委員会を開催して会社への申入れ事項について協議し、昭和三四年四月四日頃被申請人に対し、給与問題、就業時間、時間外賃金および有給休暇等に関する要求事項につき善処方を申入れたが、被申請人側では、社長が渡米中であるから、その帰国を待つて更めて何分の回答をするということで、何ら交渉に応ぜず、申入れに際して提出した申入書も社長の帰国前に返戻された。そこで組合は社長が帰国すると間もなく同年五月七日頃、更めてとくに重要であろうと考えられた給与改訂および就業規則改訂の件等につき申入書を作成して、被申請人に対し団体交渉の申入れをした。同月一六日頃社長が組合に関することで会いたいというので、たまたま出張中の執行委員長を除く執行委員全員が出頭したところ、社長はこれら執行委員に対し、組合結成の必要はないではないか、会社は新工場の建設等で銀行その他から融資を受けなければならないが、組合が結成されると会社のような中小企業にあつてはその融資が困難となる。また組合が上部団体等と提携した場合には相当な処置をとる考えである、組合は解散した方が得策であると話した。これに対し執行委員らが是非組合との話合いの機会を持たれたい旨を申し入れたところ、同月二二日午後五時頃から会うという返答がなされた。五月二二日に至り、同日午後五時から総務部室において給与の問題を中心に社長の話があるから都合のよい者は聞きに来るようにという総務部通達が掲示された。これを見た組合員中には、給与の問題については前記社長との会談の結果団体交渉が行われるものと解していたので、話が違うということになり各職場において右掲示につき討議が行われ、全員が行くと混乱するから組合役員だけが行くべきであるという結論に到達し、その旨申請人が書記長中村松雄に進言したところ、中村書記長は、組合三役で相談した結果、執行委員長の指令として、組合役員以外の者はなるべく出席しないように、しかし社長の話を聞きたいものがあればその自由とする旨各職場に伝達した。申請人は同日午後五時過頃執行委員として総務部室に入つたところ、伊藤製造課長から機械職場の全員を集合させるように命ぜられたが、集る集らないは各人の自由に任されてあると返答して、これに応じなかつた。しかしながら、間もなく全従業員が集合して、社長から給与規定の説明、帰朝報告、経営の現状等の説明がなされたのであつた。翌二三日申請人は酒井企画部長、大沢営業部長、池部製造部長および伊藤製造課長から前日の伊藤製造課長に対する返答につき説明を求められたので、同日は組合の給与改訂等の申入れにつき社長が組合代表と話し合うことを約していたのに、会社側が組合を無視し直接従業員に話をするためその全員に集合を命じたのは、右約束を守らなかつたのであるから、組合として、従業員が集る集らないは各人の自由意思に任せてある旨を返答したものであると説明したところ、前記部長らは会社側は組合など認めていないのだ、上長の命令をきかないのは業務命令違反であると主張し、遂にこれを理由に申請人を解雇する旨を言い渡した。

以上の事実が一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

なお、被申請人は申請人が旋盤作業についての伊藤課長の指示に従わず、作業能率が悪く、また欠勤が多いなど勤務成績が不良であつたことも、本件解雇の理由であつたと主張するが、仮にこのような事実があつたとしても、これらの事実が本件解雇の理由であつたと認めるべき疎明はない。

ところで、前記認定のような集合に関する伊藤課長の命令に従わなかつた申請人は、成立に争のない乙第一号証によつて認められる就業規則第一一章第八条第七号にいわゆる「業務に関する会社の命令に従わない者」に一応該当すると言うことができるであろう。しかしながら、前記認定によつて明らかなように、五月二二日には給与に関し団体交渉が行われ、執行委員全員で社長と話し合うことになつていたのであり、執行委員長の前記指令も職場に伝達されていたのであるから、申請人が伊藤課長の命令に応じなかつたのも無理からぬものがあるというべきである。またその後間もなく全従業員が集合して、社長の話はとどこおりなく行われたことも前記認定のとおりである。これらのことに、会社側の組合に対する態度および申請人の組合活動についての前記認定の事実を考え合せると、本件解雇は、申請人の右命令違反の行為をきつかけとし同人の組合活動を嫌悪し、同人を企業から排除するために、なされたものと認めるのが相当である。したがつて、申請人に対する右解雇の意思表示は、労働組合法第七条の不当労働行為であつて、法律上無効なものといわなければならない。

三 次に被申請人は、申請人が昭和三四年七月一三日本件解雇を承認した旨を主張し、申請人が同日被申請人から予告手当名義の金員および離職証明書を受取つたことは当事者間に争いがなく、申請人が被申請人に身分証明書を返還したことは、申請人本人尋問の結果によつて明らかであるが、成立に争のない乙第五号証および申請人本人尋問の結果によれば、申請人が離職証明書の交付を受けたのは、申請人が本件解雇により生活に困窮し、公共職業安定所から失業保険金の給付を受けるのに必要であつたためであり、申請人が身分証明書を返還したのは、被申請人から、身分証明書を返還しなければ、離職証明書を交付しないと言われたためであること、また申請人は解雇予告手当名義の金員を受取つた際、被申請人に対し、本件解雇を承認するものでなく、既に地位保全の仮処分命令を申請中であることを明かにしていることが認められるから、右金員及び証明書の授受によつては、申請人が本件解雇を承認したものと認定することはできない。他に右承認の事実を認定するに足りる疎明はないから、被申請人の右主張は理由がない。

四 以上のとおりとすれば、申請人と被申請人との間には依然雇用関係が存続していることについて疎明があつたということができる。申請人本人尋問の結果によれば、申請人は、被申請人から支給される賃金によつて生活を維持していたものであつて、本件解雇以降賃金の支給を絶たれて生活に困窮している事実が一応認められるから、申請人は賃金請求権につき本案訴訟による救済を受けるまでの間回復し難い損害を被るおそれがあるものといわなければならない。しかして本件解雇当時申請人が一箇月分の賃金として金一一、九三二円の支給を受けたことおよび賃金支払日が毎月二五日限りであつたことは当事者間に争いがないから、解雇の月の翌月から昭和三六年三月まで一箇月金一一、九三二円の割合による賃金合計二五〇、五七二円および同年四月から本案判決確定の日に至るまで毎月二五日限り金一一、九三二円ずつを仮りに支払うべき旨の仮処分命令を発するのを相当と認める。

なお、申請人はその他に「申請人が被申請人の従業員たる地位を仮りに定める。」との任意の履行を期待する仮処分命令を求めているが、賃金請求権に関し右のように断行の仮処分を相当とする以上、更に任意の履行に期待する仮処分は特別の事情がない限り無意味であるところ、かかる特別の事情の存在を認めるべき疎明はないから、右申請部分は却下することとする。

よつて申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田豊 吉田良正 北川弘治)

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